かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

思春期の課題【前編】

思春期の課題

思春期は、頭の中がゴチャゴチャしたり、ボゥーッとしたり、不思議な感じがして苦しくなったり疲れたりする人もいると思います。

f:id:penguin-kn:20190609100424j:plain

そんな頭の中で、何が混乱して、何とぶつかっているのか、少しでも分かるとヒントになってリラックスできるところもあると思って書いてみます。
ここにある課題は、すぐに解決しなければならないものではないです。
少しずつ、自分を見つめながら、そしてできるところから、だんだん進めていくものだと思います。
今の自分で、ありのままで、何にも悪いことはないんだよ。
「今」から、誰かと力を合わせて少しでも変わっていけばいいんだよって願いを込めて書いてみます。
それでは、題して「見えない敵の見える化」です。

思春期の心理的特徴

以下の内容は、

 

学校現場から発信する子どもの自殺予防ガイドブック―いのちの危機と向き合って

学校現場から発信する子どもの自殺予防ガイドブック―いのちの危機と向き合って

 

 を参考に書いています。

 

この本の中で、思春期の心理的特徴について4つが挙げられています。

思春期の入り口に立つ子どもたちは、高校進学などの進路決定を迫られ、これからの生き方を自分自身で決めていかなければならず、親からの自律をめぐる葛藤が大きなテーマとなる。
(中略)
青少年の心理的特徴として、次の4点をあげている。

 

  1. なりたい自分と現実の自分とのギャップ
  2. 生き方や社会のあり方への疑問
  3. 自立に伴う不安
  4. 孤独と向き合う
(【前編】では、1と2について書きます)
 

1.なりたい自分と現実とのギャップ

思春期は、身体的発達、性的成熟、社会的役割の獲得、価値観・人生観の確立などを通して大人になっていく時期であり、理想像を思い描く傾向が強まりさまざまな心理的葛藤がおこる。

理想と現実の落差や自己・他者・社会の矛盾を受け入れ難く、情緒不安定になりやすい。

その結果、自己嫌悪に陥ったり、社会的不適応をきたすことが少なくない。 

 

葛藤があっていいし、理不尽や非合理、不条理を感じてもいいってことだ。

それは、誰が悪いでもない。
このすでにある社会の中で、「何ができるか」「何がしたいか」が大切で、それを基にして「自分を決めていっていい」ってことだ。
自信がない自分を責める必要はないよ、ってことだ。
上に書いてあることは「身体的発達、性的成熟、社会的役割の獲得、価値観・人生観」の確立さえされれば、大人になれるっていうヒントでもある。
(って言っても、自分自身もどれができているか分からないなあ……。)
こうも書いてある。
自分の生きる姿勢が定まらない時、地に足がつかない不安定さに陥り、周囲の人がみな大きく安定して堂々と見えてしまい、焦りから、さらなる自信喪失と情緒不安定をもたらすケースも多く見られる。
大いにあることだと思う。
「隣の芝は青」ってやつだ。
そして「生きる姿勢」ってこの響きだけでそう簡単ではないことが分かると思う。
迷ったり、ふさぎ込んだり、つまずいたりしながら、少しずつでいいってことだ。
 

2.生き方や社会のあり方への疑問

思春期は、自分ばかりでなく他人や社会に対して厳しい目を向けるところに特徴がある。
矛盾の多い大人の社会をみて、その不純と汚れに対する嫌悪が湧きあがってくる。
このような思いが、決して妥協を許さない、といったあまりにも頑なな理想主義的姿勢によって貫かれた場合、人間不信や現実社会の全否定という極端なかたちをとり、孤立傾向を強めることになる。
私は、この傾向が強くありました。
 
もし、思春期特有のこの傾向になるというルールを知っていたら、もう少し生きやすかったかもしれないと思います。
 
おそらく、生きやすかっただろうと思います。自分を外側から見るフレームを得られるからです。自分を一段上の枠組みからみてコントロールできるからです。
 
そして、上の言葉のおかげで、生きていると、完璧な人間なんていいないことに気づかされます。
 
自分が求めていた完璧な人間像に自分がなれないことに気づいたとき、完璧さを求めたことでこれまで傷つけてしまった人が多くいたのではないか、という罪の意識に襲われました。
また、できない自分を強く責めました。
もっと頑張らなければならない、という思いも強かったです。
ただ、この生き方は、たまらなく辛いです。
マヒしていて、辛いってことにも気づきませんでしたが、無意識はもう勘弁してくれといった感じで、笑い方を忘れたり、どんどん自分が自分から離れていくような気分になっていきました。
 
大人の社会はいいかげんなところで動いているところがあるが、「いい加減」は、「適度によい加減」といった面も含まれる。
弱点を抱えた人間が妥協しながら生きているというのが現実の社会であろう。
他人に対しても、弱点を含めてありのままの姿を認め、温かく受け入れること、社会との間に適度な折り合いをつけていくことも思春期の課題の一つである。
 
ここの言葉も素敵ですね。
 
問題は、大人の社会にいいかげんな部分があるということを誰も教えてくれないことです。
 
「何もかもいいかげんでよい」ということではないですが、人間ですからいいかげんになるときもあるのは当然のことなのです。
いつも完璧は無茶なことです。
なのに、大人が周囲に完璧を求めているってこともあって、それこそ大きな矛盾ですね。
 
そして、そういう状況にあって今現在辛い人もいるのだと思います。
「自分は乗り越えられたから」と言って、無理を押し付けてきたりして。
でも、無理をする必要はありません。
それでは、自分の人生ではなく、誰かの人生になってしまいます。
大人の厳しさに苦しんでいる人を何人も見てきました。
誰かに相談して大丈夫です。
そこから見える光が必ずあります。
少し話は変わりますが、
「折り合いをつけていく」というのは、21世紀のキーワードだと思います。
「折り合いをつけていく」ことは、練習すればできるようになることです。
また、いずれどこで書きます。
ヒントになるキーワードは「違いにいいねっ!」です。
長くなってしまうので、3、4は、次回に続きます。