かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

意外に思われるかもしれないが

久しぶりにほんの少しだけど、特別支援観について書く。

それと雑記です。

意外に思われるかもしれないが

今日、その「子」を見るというよりも、その「個」を見るという方が適切だなあと感じた。

 

支援級の子が通常級に来て絵を描く。Aさんとする。

おそらくだけれど、通常級の子たちは、Aさんをどう扱うか私を査定している。

 

たとえば、

  • その子に許容的な関わりができるのか
  • その子なりの知能に対する扱いをするのか(年齢不相応な子ども扱い)
  • その子を制御できるのか
  • その子を学ばせられるのか

などなど。

 

Aさんは案の定、静かなタイプというわけではなかった。

周りの子もAさんをうるさがる(そして、その子はたしかに周囲を不安にさせるような声を出す)。

ただし、それは、周りの子がうるさいからであって、周りがうるさかったり、口が悪かったりするのを聞くと、その子もうるさいという印象を受けた。

だからと言って、まだ関係がしっかりできているわけではないクラスの中で、ある「個」のために協力を求めるのは、危険だと思った。従ってくれたとしても、子どもたちが心の中で思うことは「だってAさんもうるさいじゃん」である。私がいくら「いや、だから、お前らがうるさいから、Aさんもうるさいんだよ」と唱えたとしても無駄だ。

 

私は、まず、通常の学級の番人として、Aさんに接してみる。

試みその1は「呼んだら来る」だった。

教室の一番前から、教室の一番後ろにいるAさんを呼んでみる。

Aさんは気づいている様子だけれど来ない。

声で呼んでも、手招いても、文字で見せても来ない。

 

そうなると、周りの大人は、たくさんしゃべって動かそうとする。身体に触って動かそうとする。

しかし、Aさんは、それを拒否する。

 

もう少し寄り添って観てみることにする。

何かしらは動いていていることが分かる。

そして、工程の違いだということを直感した。

 

大人の方では、

  1. 描く絵を取りにいく
  2. 絵の具の準備

という流れを勝手にお膳立てしているのだけれど、

 

Aさんなりに、

  1. 絵の具の準備
  2. 描く絵を取りに行く

という流れを決めているか、そうしたらやる気になったか分からないが、すると動いた。

 

発語がないから、「こちらがAさんを分からない」ということを「Aさんは分からない」と転移して、先回りしようとするのだった。

 

Aさんなりに動いていることがよく分かったので、あとは信じて託すことにした。

作業が始まるとAさんは静かだった。

 

そして「悪行はパートタイム」ということがよく分かっていたので、静かな瞬間をついて、「今、静かにみんな集中してやっているね」と言った。Aさんも含めてというニュアンスだった。

「Aさんがいようがいまいが、君たちは集中することができます」という言祝ぎ。

そして、もう一つ、Aさんが集中しているということが、一つ基準になるかもしれないと言ってみた。

その時、みなさんの声の大きさは適切という可能性があるね、と。

 

意外に思われるかもしれないが、支援の子たちが通常の学級に来たら、「指示に従えること」が重要だと思っている。この先の進路的に必要な能力だし、通常級の子たちが不安にならないために必要だと考えているからだ。

しかし、通常級の子どもたちが寛容でその子の意志をどうすると感じ取ったり引き出したりできるか分かっているか、その子がそれなりに自分のペースで活動できる子であれば話は別だ。

今回のケースでは、後者が当てはまる。「指示に従う力」は育っていなかったか、指示に従いたくない年頃なのか、信頼関係の不足なのかは分からなかったけれど、その子は適切な環境と待つことで、活動に参加することができた。ほぼほぼ、ある程度自分の力で。

 

それにしても、その「個」を見誤ると、ミスリードだらけになると思う。

本当はできるにもかかわらず、その「個」の考えに気がつく前に大人が手を出せば、毎回、その「個」は、できない子ということになる。その「個」が良さを発揮していることに注目してそれが周りに伝わらなければ、その「個」は、いつも指示に従わないコントロールできない脅威ということになる。

どう動きたいのかを感じとったり、できるだけその「個」の意志で動き出せるかをどんな風に促すかを検討し続けたり、リフレーミングしたりして、その「個」理解を拡張したり転換したりすることで、その「個」が通常の学級で安心して存在できるのだろうと思った。

 

「指示に従う」子でないと、不安になるっていう、マインドセットがなんなん?って正直思うけどね。自分の感覚も含め。そもそもの前提が間違っているような気がする。Aさんが「指示に従わなかったから」改めて私の学びになったと思う。

 

結局、「その子ではなく、その個を見ること」。そして、「活動を進められるように、環境として何ができるかを考える」ってことだ。ちょっと浅いまとまりだけれど、時間がないのでここまで(ああ、本当に大人の悪いくせだなあ。時間がないから多数決で!みたいな)。

 

研究会

今日は自治体の研究会。今年はこれまで働いた仲間のいる研究会に参加できていて楽しい。

 

学びにもなる。

 

よく会の内容が組み立てられていて楽しい。

第一線で実践され、実績を作っている方が講師として来られているからかもしれない。

現役で学び続け、実践するって大事だ。

 

肌で感じている課題を、どういう手立てで乗り越えるか。それが楽しいと思えるうちはこの仕事を続けられるのだろうと思う。

 

のんびり絵を描いている暇もないのさ

でさ!

結局、子どもたちめちゃ楽しそうに絵を描いてはいるのだけれど、時間がないよ!なんでこんな急かして絵を描かせなきゃいけないんじゃーーー!!!