かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

跳ね返る金曜日

いやー言葉ってすごいなあ。

 

不快にも。癒しにもなる。

 

そして、それは、子どもが発しても刺さる。

 

やっぱり、自分の周りに自分を生かす言葉をちりばめておくことは、結果、自分が生きやすくなることにつながる。

 

元気がないのさ

朝から「今日は、元気がないんです」ってことを伝える。

 

多くの子がせっせとケアしてくれる。

 

なんでもいつもよりやってくれる。

 

改善をしようと動いてくれる。

 

チョークやら、セロテープやら、無くなったものを「取ってきましょーか?」と気にしてくれる。

 

嬉しい。優しい。

なんなのこの人たちって思う。

 

「いや、元気ないのよ」なんて言ったら。

「じゃあ、休み時間一緒にバスケしましょうよ!」なんて言われる。

 

「くそーっ」て思う。

イケメンすぎる。

 

生かされる。居て良さ。

また許可をもらったような気分。

 

救われる。

 

立てる!立てるよ!立つから!

そうそう。

まだ終わっちゃいねー。

負ける気がしねー。

立てるよ。立てるさ。

君たちがますます好きで仕方ないのだから。

 

ありがとう。良い景色を少しでも見せられるように。もう少し頑張りたい。頑張ろう。

 

もちろん、それは、一緒に創るものだとしてね。

そう。

いくらでも、君たちは君たちでよくなっていけるのだから。

 

保留の案件のほとんどは、良い兆しで、周りには驚かれる。何にもしていない。何にもしていないように何にもしているのかもしれないけれど。絶妙なダンスで、舞っている。

 

ああ、席替えか?

席替えを男女ごちゃまぜのクジにした。討論会の結果でもある。スローガンが印籠状態に機能していて、いろいろと乗り越えられるのだ。

 

それによって、面白いコミュニケーションが生まれている。たとえば、男子に囲まれている女の子の席がある。しかし、散々、前提として、誰とでも仲良くなれるから「くじ」という推しだったので、その契約によって、コミュニケーションが生まれる。そう見える。

 

そういう前提を作ったから、気兼ねなくかかわれるという免罪符ができた感じだ。

 

偶然、イスの高さを変えるタスクなんかがあって、やろうとするそぶりをすると、周りの男の子が来た。道具を渡して、放置である。助ける、助けられる&協働作業で、その子や誰かの中のその子が存在感が増す。すると、その子は、文字通り、そこに存在できる。

 

その辺りで、やはり挨拶は大事だみたいにもなりそうである。

 

滑落より跳ね返る

水・木の座礁というか、滑落というか。なかなかの深手と思ったのだけれど、その先にはジャンプ台というかバネがあって、ボヨヨーンと跳ね返って舞い戻ることができた。ように思う。

 

親友のおかげでもあるのだけれど、とにかく、良い人に会えば、見方も変わるし、氣も変わる。

 

そうそう。人々って、ギガの前に、そういうのを分け合って、シェアして、容量でなく、要領よく生きていたんじゃないだろうか。