かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

無罪判決?

少し肩の荷が降りたハピペンです。

 

スナックのママって偉大だと思うわ。愚痴を聞きつつ、「でも、あんたもしっかりしないと」的な返しをすると思うんだよね。

 

学校の先生方は、そういう人気取りにならず、他のクラスの愚痴を他のクラスの先生が聞いたら、その子たちに返すか、間にきちんと入って解消すべきと思うよ。

 

「聞いた」は、「味方になった」と変換され、敵対関係ができてしまう可能性がある。そのまま、学級は進む。たとえば、学年の先生は、学年がそれで上手くいくのかを考えて振る舞いを選べるといいのと思う。とても。

 

ハンデ戦

そんな、ハンデ戦の中、まあ、よくやってるわ、と思う。

 

そういうのを払拭できるくらいの、授業と学級への魅力を兼ね備えていなくて申し訳ない。が、しかし、5年間分の伝統や文化+人気取り的な教師の相性は最悪で、味方でいることが子どもの育ちにとって味方になれていないパターンに苦しめられるようなことってあるっちゃあると思うのだ。

 

そんな中、私は陰では盛られていて、聞きづてにやはり、風評されていることが分かり、そりゃやっぱりきついわ。と思わされる。

 

クラスの中には、当然、新しい環境というだけで不安感のある子もいる。そういう子があることないこと言っているのを、間に受けてジャッジを返す、そうすると、その子は誤った認識をもったままそのクラスで過ごす。

 

たとえば、必要なことは、「そう言いつつ毎年慣れていって楽しく過ごせるよね、信じてもう少し様子見てごらん」などと捉え直させることではないだろうか。その子どもの声はそれはそれで大事にするとして、そこのズレとして「教師が教師を信頼していない」というのもあると思う。ただ、それすら、入れ子になっていて、それは、あっちとこっちを作ってしまった結果なのではないか、とも思う。当然、何度も言うけれど、私に魅力がないのが大きな要因ではあると思う。

 

つまり、魅力がない教員であれば、他の教員陰口を言われようと、子どもの不満に共感されようと仕方がないということだ。

魅力という個人のさじ加減で、もはや好きとか嫌いとかで、大人間の情報や子どもを操作されてしまうのだ。ファクトベースではなく。フィールベースで。

 

そんな職場で働けるだろうか。面白いけど、ああ面倒くせーって感じだ。

 

そんな中でも動きはある。

私は、私が正しいと思う振る舞いでいようと思う。やられたら、やり返さない。正しいと思うことを続けし、言うし、伝える。

 

そして、そうして、その背中を見ている子どもが確実にいるのが事実だ。お家の方もいるのが事実だ、と私は思う。上手くいかないこともあるだろうけれど、明るみになって、やっぱり、ハピペンがそんなわけないもんね、ということも起こり始めている。

 

足下をすくわれないように。自分は自分でいて、誠実な人間であろうと頑張る。そうしていることで、無罪判決になる感じがした。まあ、なんだよこの容疑者状態って話なんだけども……。

 

陥れようということの蔓延との戦い。